火刑

<火刑>

「法律が初めから、異端者を生きながら焼くという恐ろしい刑罰を定めていたのではない。
立法者がその当時、残忍な民衆が当然なものとして楽しんでいた復讐の形を採用したに過ぎないのだ。」
-アメリカの歴史家「レア」

「火刑」は、古代から存在する処刑方法で、主に、姦通、近親相姦、同性愛、獣姦などの性犯罪や、妖術、異端などの信仰に反した罪で有罪判決を受けたものには火刑が適用された。
火刑が盛んになったのは、宗教改革の嵐が吹き荒れた13世紀以降のことである。
各地で相次いでおこるワルド派、カタリ派、アルビジョワ派などの改革運動に、ローマ教会は宗教裁判で対抗し、異端者を次々と火刑に処した。

火刑の方法は、時代や国によって異なる。

火刑台は主に二つの方法に従って組みたてられていた。

>犠牲者の体が露出するタイプ
薪や柴の束を敷き詰めたところに柱を立て、それに受刑者を縛り付け、その周囲には、膝か腰の高さまで、棘のある木の束がつみ上げられた。
観衆は、空まで舞いあがる炎を通して受刑者が焼けるのを見ることが出来た。

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火刑

主にスペインで好まれたが、ドイツ、スイス、イギリスでも採用されていた。
この方式ならば、薪を敷き詰める範囲を広げ、その上に立てる柱の数を増やせば、集団火刑を行うことも可能であった。
強い風で火や煙が流れると、体が焼けるわけでもなく、また煙で死ぬこともなかったため、受刑者は、死に至るまで長期にわたる苦しみを経ることになった。
この場合は、刑吏が薪などで殴り殺さねばならなかった。

>犠牲者の体を覆い隠すタイプ
主にフランスで好まれたが、イギリス、イタリアでも採用されていた。
薪の束で囚人をすっぽり覆うというものである。
地面に(あるいは敷き詰められた薪の上に)柱が立てられ、その周りに囚人を通す空間だけ開けて、薪とわらを何層にも敷き詰めた。
受刑者は服を脱がされて硫黄を塗ったシャツを着せられ、柱にくくりつけられる。
その後空いている場所を薪で覆い、受刑者が完全に覆われたところで四方から火を放った。
受刑者は、火に焼かれる前に煙で窒息または、一酸化炭素中毒で死ぬことになる。

「火刑」のいくつかのケースでは、判決にかかれた追加事項で、受刑者があまり長く苦しまないように、刑吏の手で刑の執行前(あるいは執行中に)ひそかに殺すように指示していた。
恩赦を受けるものは、袖の下を渡したもの、刑吏の同情を買ったもの、など、いろいろなケースがあった。
刑吏は受刑者を殺すために主に3つの方法を取ることが出来た。
1、火をつける前に首を締める。
2、薪の間に大きな鉤を心臓に向けてセットしておき、火がつけられてすぐに、それを心臓に打ちこむ。
3、火をつける前(あるいは最中)に撲殺する。
しかし、多く場合、刑吏が手にやけどを負ってしまい(あるいはそれを恐れて)これらの恩赦を施行することは困難であったようだ。
なお、この、特別恩赦は、判決のときには読まれず、受刑者を含むいかなるものにも知らせれることはなかった。

すでに死んだものを火刑に処すこともあった。
絞首刑、車刑、斬首にされたものも、処刑の後にさらに焼かれることがあった。
体を完全に灰にすることについても、荷車7台もの薪を使っても上手くいくとは限らなかった。
例えば、ジャンヌ・ダルクも、内臓はほとんど生のまま?でセーヌ川に投げこまれた。
「火刑」には拷問が加えられることもあった。
フランスでは、手を切られ、鼻をそがれ、腕を切り落され、乳房を引きちぎられ、頭に真赤に焼いた鉄の輪を3重にかぶせられてから、燃盛る火の中に投げこまれた囚人の記録が残っている。

その他の各地で工夫されてきた。
ガリア人は、大きな柳の籠に囚人を閉じ込め、それに火をつけた。
フランク王国では、小さな木造の小屋の中央の柱に受刑者を縛り付け、中にわらと薪をしき詰めて火を放った。
ドイツ北部、スカンジナビア諸国で多く見られたのは、わらと薪で燃え上る火の中に、梯子に縛り付けられて身動きのとれない受刑者を、梯子ごと火の中に倒す方法であった。

フランスでは、さまざまな「火刑」が施行されていた。
フィリップ王は、彼らの財産を奪い取るため、小枝とタールと薪を入れた穴でユダヤ人を焼いた。
16世紀には、垂直な柱のてっぺんに取りつけられた、左右に傾く長い桁の端(シーソー)に受刑者を縛り付け、苦痛を長引かせるため、受刑者を火の中に落したり、引き上げたりした。

火刑2

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ちなみに、ジャンヌ・ダルクは、絵画などでよく見られる「犠牲者の体が露出するタイプ」ではなく「犠牲者の体を覆い隠すタイプ」で火刑に処せられたそうです。
ルイ13世のころには、焼残った人間には「妖力がある」と称して、その肉を売ったり、その場で食べたりしたこともあったそうです。
うーん、フランス人ってば、グルメ(^_^;)