暑中見舞い短編小説
暑い夏のある日(ナコルルVer2・妹を思うて断髪)『サムライ・スピリッツシリーズより、ナコルル』
作・ケイ
「暑いわ〜」
アイヌの巫女ナコルルは、白い肌も露わにうちわを扇ぐ。その一振り一振りに、たっぷりとある長い黒髪が揺れ動いた。
アイヌを出てから初めての夏である。
普段、清楚なイメージしかない少女なだけに、その恥じらいを捨てた姿にギャップを感じてしまう。
「ねえさま!だらしないわよ?」
それに対し、妹のリムルルが涼しい顔で叱責した。
同じアイヌ出身の巫女ではあるが、氷を操ることのできる彼女は余り暑さを感じることがないのだ。
また、美しい黒髪を伸ばしている姉と違い、首周りの涼しいボブスタイルである。
「…はふぅ〜、でもこの暑さは異常よ?自然を守る人…それ以上に自然を破壊する人が多いから、自然が怒っているのよ」
事実ではあるが、リムルルには姉が自分を正当化するために言ったように聞こえ、苛立ちを覚えた。
アイヌでは常に美しく強かった姉を思い出し、悲しみすら感じている。
「ねえさま…しっかりして下さい!」
だから、つい強く言ってしまう。
――いつもの姉に戻ってほしい!
アイヌの…大自然の為に闘ってきたナコルルは、いつもどこか張り詰めたような…無理しているのが目に見えるようで悲しかった。
しかし、そんな姉を誇りに思っていたのだ。
「…ねぇ…さま…」
「…え?リムルル?」
不意に涙ぐんでしまった妹にナコルルは動揺した。
「ちょ…ちょっとリムルル…何も泣くことないでしょう?」
「だって…」
今の自分は、そんなに妹を悲しませているのだろうか?
ナコルルは我を省みた。
はだけた衣服、だらしなく弛緩した手足…。
急に恥ずかしさがこみ上げてきた。この姿を人に見られたら…という恥ずかしさではない。
自分の緩んだ気持ちが、こんなにも妹を悲しませてしまったのかという情けなさから来る感情だ。
「ねえさまは…強くて…綺麗で――私の憧れで…」
「リムルル…ありがとう…」
ナコルルは妹を抱きしめた。
――細い肩…こんなにも弱々しいなんて…。
しっかりしている子だと思っていた。しかし、やはりまだ少女なのである。
そして、リムルルの肩の上で揺れる黒髪を見、思い立った。
「ねえリムルル…私の髪…切ってくれるかな?」
「――え?」
突然の申し出にリムルルは困惑した。
「…私には、この暑さを我慢することはできそうにないの…。でも、自然にあたるなんて最低だった」
空を見上げれば、ママハハが日の光を受け、風をきり、気持ち良さそうに飛んでいた。
人も自然との共存を唱えるのならば、自らが自然を受け入れなければならない。
自然を変えるのではなく、まずは自分が変わらなければならないのだ。
「だから、お願い…」
ナコルルは言って、自らの小太刀を差し出した。
「…できないよ」
しかし、リムルルはそれを突き返してしまう。
「ねえさまの髪は…綺麗で良い匂いがして…私には切れないよぉ」
大好きな姉――それは、その長い髪も含めた全てなのだ。
リムルルは、そっと姉の髪に手を滑り込ませた。汗をかいてるとはいえ、サラサラ感を失うことなく指をすり抜けていく。
「リムルル…」
妹の優しい手つきが気持ち良い。
長年、伸ばし続けた自慢の黒髪であっても切ってしまえばそれまでだ。
こうして、妹に髪を梳いてもらうことも出来なくなってしまうだろう。
だが、これ以上、妹を悲しませたくはなかった。元は暑さに勝てない自分が悪いのだから…。
「リムルル、ちょっとゴメンね」
ナコルルは妹の愛撫を惜しみつつも、体を離した。
「ねえさま?」
リムルルの心配そうな表情を和らげてやるために、ナコルルは優しく微笑む。
そして自らの黒髪を軽く持ち上げ、首筋に小太刀を差し入れた。
「――ねえさま?!」
――ズ…バサァアァッー!!
ナコルルの頬を毛先が襲う。
その手には、優に40センチはある黒髪の束が風になびいていた。
今さっきまでは、体の一部であった黒髪――。ナコルルは、それを惜しげもなく手放すと、風にゆだねさせたのだった。
リムルルは、その様子を驚愕の表情で見ていた。
自分のせいで、姉は大切な髪を切ってしまった――。
自責の念がリムルルを襲う。
「リムルル」
それを救うのは、やはり姉の笑顔だった。
「ふふ、ゴメンね。やっぱり、少し切ってくれるかな?」
ナコルルは、不規則に頬を覆う髪をくすぐったそうにいじる。
その顔に悲しみは、ない。
「…うん!」
だからリムルルも素直に頷いた。
ナコルルの差し出した小太刀を受け取り、後ろに周る。
「じゃあ…切るよ?」
「えぇ」
既に充分、短くなってしまった髪に小太刀を差し入れ――。
――ジャキ…ズ、ズ…!
姉の髪を落としていく。
その一太刀一太刀に髪は宙を舞い、風にさらわれていった。
「…ねえさま、少し短くするよ?痛かったら言ってね?」
バラバラになってしまった毛先を揃えるのは容易ではない。
それもハサミだったら、まだ楽なのだが小太刀では髪を引っ張ってしまうこともある。
気丈に振る舞っていようと長年大切にしてきた髪なのだ。きっと辛いに決まっている。
リムルルは姉を想い、気遣いの言葉をかけたのだ。
「ええ」
確かに器用とは言えない太刀さばきに髪が引っ張られ、少し傷むことはある。
しかし、なによりも妹の優しい手つきに身を委ねていた…。
シャキ――。
「…ねえさま、終わったよ…」
「…ん…」
どうやら、夢見心地だったらしい。
どれほどの時間が経ったのだろうか、頭が軽い。
ナコルルは、自分の頭がどうなったのかと、手で触れてみた。
「うわ…」
耳を半分ほど覆った横の髪は、斜めに後ろへと続いていく。
うなじは完全に露出しており、サイドから伸びたラインまでは、指で梳く事ができないほどに短かった。
前髪も眉に届かないほどに短くなっているらしく、目の前が明るかった。
「えへへ、どうかな?」
リムルルはだいぶ頑張ったのだろう。血がにじむ指先を姉に見せないように聞いてきた。
「うん!ありがとう、リムルル!」
その努力を無にすることはできない。
ナコルルは満面の笑みを浮かべ、そう答えた。
夏の風が、短くなった髪を吹き抜けていく。
これほど風とは気持ちが良いものだったのかと、ナコルルはまた空を仰ぎ見て、大自然に感謝した。
――夏はまだこれからである。
「うゎぢぃ…」
ナコルルは、日に焼けた肌も露わにうちわを扇いでいた。その一振り一振りに短い髪が、激しく揺れ動く。
髪を切ってから、数週間後のことである。
短い髪、日に焼けた肌…清楚なイメージは薄れ、自分よりもボーイッシュに見える姉のその姿にリムルルは嘆いた。
「もう!ねえさま、はしたないですよ?!」
「でもね…リムルル…」
「言い訳はなし!ふう、また、髪切っちゃおうかな?」
「えええ?!それはイヤよ!これ以上切ったら坊主になっちゃうじゃない?!」
姉の本気でうろたえる様に可笑しくなり、プッと吹き出してしまう。
「えへへ、冗談よ…ねえさま!」
「…ふふ、あはは!」
「あははは!」
アイヌの巫女姉妹――2人の笑い声は自然の中に溶け込んでいった。
――おしまい――
後書き
暑中見舞い申し上げます。
さて、私にしては真面目に作ったと思うのですが、いかがだったでしょうか?
ナコルルファンの方には、こんなのナコルルではない!…と怒られてしまいそうですが。(笑)
それに相変わらずやらなきゃいいのに余計なオチを書いてしまいましたし。(汗) |