トップページへジャンプ 刑罰史料館Aへ戻る 前へ戻る 次へ進む

絞首刑(絞り首)

西洋

ヨーロッパでは、受刑者に情状酌量の余地がある場合(もしくは金を積んだ場合、貴族の場合)「火刑」や「車刑」の「執行恩赦」として、受刑者が苦しまぬように刑の執行前に絞殺してもらう場合もあった。
この特別恩赦は司法官によって与えられるが、これを知っているのは「恩赦」を実行する死刑執行吏だけで、観衆にも受刑者自身にも知らされることはなかった。

フランスでは、「絞殺刑」ではなく「絞殺刑」が宣告されることがほとんどであった。
有史以来、司法手続きに従って公開で「絞殺刑」が行われたのは、2回だけであった。

ヨーロッパ諸国の中では唯一スペインだけが、頻繁に「絞殺刑」を行っていた。
特に15世紀以後の新世界征服のときには、何万人に上る原住民を改宗させた上で「絞殺刑」に処していた。
筋金入の「絞殺愛好家」であるスペイン人は、絞殺の為の創意工夫を施し、「ガロット」という絞殺器具を作り上げた。


腰掛式首締め器 〜ガロット〜

筋金入の「絞殺愛好家」であるスペイン人は、絞殺の為の創意工夫を施し、犠牲者の首と柱に巻いたロープに枝や棍棒を通してねじるという方法を採用した絞殺器具を作り上げ、それを処刑器具として採用した。
これを「棍棒」を意味する「ガロット」という名前で呼んだ。

スペインで開発されたこの「ガロット」と呼ばれる拷問具は、ギロチンが斬首刑にもたらしたもの、つまり処刑の機械化を絞殺刑にもたらした。
基本的な「ガロット」は、犠牲者を座らせる台座と支柱、そして首を締め上げる鉄製の輪とでできている。
犠牲者は平台に座らされ、ごく単純な鉄輪や、ロープによって両手を縛られ、身動きできないように椅子に固定された上で、穴のあいた背もたれ(柱)に背を押しつけられた。
以下に「ガロット」の進化の過程を紹介する。


初期の「ガロット」は、柱に開けられた穴を通した麻縄の輪で首を締めていた。
この縄の両端は柱の反対側で結ばれ、そこに棒を通し、その棒を回すと輪が絞まっていき犠牲者は絞殺される。

次に登場した「ガロット」は、「縄」に代って「金属の鎖」が使われたが、まもなく「リボン状の金属の輪」に代っていった。
「金属の輪」にはネジが取りつけられ、刻み目のついた穴を通って柱を貫通する様になっていた。
つまりネジが回転して鉄の輪の直径を狭めていき、首を潰していくのである。
西洋-ガロット使用例2組
鉄の輪を動かす機構としては、ねじの回転だけではなく、リンクを利用した「てこ」の動作による物も存在した。
また、鉄の首輪で受刑者の首をしっかりと固定し、ねじの回転、又はてこの力で楔を前に押しだし、脊柱を脱臼させる物が現れ、後には、楔の代わりに釘又は細い刃が付けられるようになり、機構を動かすと鉄の輪を締めるだけではなく、同時に幅の狭い「刃」が飛びだして先端が犠牲者の脊椎骨の間を貫き脊髄を切断する、というようにさらなる改良も加えられた。
さらに改良が続けられた結果、楔や刃の代わりに首輪が二重になり、「ハンドルを回すと、一つ目の輪が前方に、同時に二つ目の輪が後方に動き、受刑者の首に相反する方向の応力をかけ脊椎を切断する。」という物も現れた。
絞首刑(絞り首)7
「絞首刑(絞り首)8」へ続きます。
Digital Gallery Reverse bar
トップページへジャンプ 刑罰史料館Aへ戻る 前へ戻る 次へ進む